大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和56年(オ)857号 判決

上告人

トヨタオート長野株式会社

右代表者

内山忠二郎

右訴訟代理人

鈴木敏夫

被上告人

更生会社サンハイブ工業株式会社管財人

高山盛雄

被上告人

同管財人

辻豊治

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鈴木敏夫の上告理由一について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審において主張しない事実に基づき原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同二について

判旨原審の確定した事実関係のもとにおいて、会社更生法一〇三条の適用ないし類推適用があるとする上告人の主張を排斥した原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(伊藤正己 環昌一 横井大三 寺田治郎)

上告代理人鈴木敏夫の上告理由

一、〈省略〉

二、原判決は判決に影響を及ぼすこと明な法令違反及理由不備の違法がある。

原判決は契約自由の原則の下においては売買契約の当事者は売主の所有権移転及所有権移転登録手続をなすべき義務と買主の代金支払義務のほかに付加してされた義務と対価関係に立たしめ引換給付にすべきことを合意することは許されないとはいえないであろうとされる。これは言葉の上からみれば求償権の行使と自動車の所有権移転が対価関係に立つことを認めたものではないが外に求償権の行使と自動車の所有権移転が対価関係に立つかどうかを説明した部分が判決中にないからこれが其の説明と解するよりない(若しそうでなければ判断違脱となる)し原判決四枚表三行目の記載と合せて考えれば原判決は求償権の行使と自動車の所有権移転は対価関係に立ち甲第一号証第五条の合意は双務契約であることを認める如くである。

然し原判決は右合意(双務契約)は会社更生法第一〇三条の双務契約には当らないとされ同条にいう双務契約は民法が規定する本来的意味の双務契約を指すとされその理由は更生会社に対する債権者の平等保護にあるとされる。

然し会社更生法第一〇三条は双務契約の当事者の優先的地位を認めており双務契約の当事者の契約内容による差別を認める理由はない。

原判決のように差別を認めれば双務契約者間に不平等を生じ不公平となる。

民法が規定する本来的意味の双務契約か否かにより区別するといわれるが何故区別の標準を其処におくかの理由は示されていない。会社更生法第一〇三条の規定は凡ての双務契約に適用さるべく原判決の如く民法規定の双務契約丈に適用すべきではない。まして本件の如き自動車売買代金が買手の希望により形を変えた丈の双務契約で実質売買代金であることは何人の目にも明な双務契約を会社更生法第一〇三条の適用から除外すべき理由はない。

要するに原判決は会社更生法第一〇三条の解釈を誤つたもので判決に影響を及ぼすこと明である。

《参考・原判決理由抄》

控訴人は、自動車販売を業とするところ、サンハイブ工業に対して昭和五三年一月三〇日本件自動車を売渡し、買主サンハイブ工業は、右自動車の買受代金中頭金一〇万四九八〇円を現金で支払い、一一万八〇〇〇円につき下取車の価格を同額と合意したうえ右下取車をもつて代物弁済し、残金九九万〇六七五円については、同年三月六日サンハイブ工業が松本信金からローン契約で借入れた同額の金員をもつて同日これを支払い、もつて売買代金額を完済したこと、右ローン契約においてはサンハイブ工業の松本信金に対する借入金債務を控訴人が連帯保証したことは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、控訴人とサンハイブ工業との間で、サンハイブ工業が松本信金からの右借入金債権あるいは控訴人の右連帯保証に基づく求償債権を完済したときに、本件自動車の所有権がサンハイブ工業に移転する旨(約款五条)、また、買主サンハイブ工業につき更生手続開始の申立がされたときは、控訴人は直ちにサンハイブ工業の借入金全額を代位弁済することができ、その代位弁済前であつても、サンハイブ工業に対し代位弁済をすれば求償することのできる額の支払を請求することができる旨(同一〇条)合意されたことが認められるけれども、右の場合に右求償権は更生手続開始の申立時に当然発生する(求償債権の発生を更生手続開始の申立時まで遡らせる)趣旨の合意がされたことを認めるに足りる証拠はなく、右一〇条の文言のみをもつて右趣旨に解することもできない。そして、サンハイブ工業につき昭和五四年四月二七日更生手続開始決定がされたこと、控訴人は松本信金に対し昭和五四年一二月一日サンハイブ工業の松本信金に対する同年四月以降の割賦金合計四九万四四〇〇円及びこれに対する同年四月六日から同年一一月六日まで年一四パーセントの割合の約定損害金一万三四九〇円を前記連帯保証契約に基づく連帯保証人として支払つたことも当事者間に争いがない(前記求償権の事前行使の意思表示がされた事実はこれを認めることができない。)。

ところで、売買契約が双務契約といわれるのは、売買の目的物の所有権移転ないしその所有権移転登記(登録)及び目的物の引渡と代金の支払が相互に対価関係に立つためであり、代金が消費者ローン等の利用によつて支払われ、売主が買主に対して求償債権を有する場合に、売主がこの求債債権の履行を受けるまで右目的物の所有権が移転せず、その登録手続を拒むことができるものと約束されたとしても、この約束をもつて更生法一〇三条にいう双務契約と解すべきではない。思うに、契約自由の原則の下においては、売買契約の当事者は、売主の所有権の移転及び所有権移転登記(登録)手続をなすべき義務と買主の代金支払義務のほかに付加してされた義務とを対価関係に立たしめ、引換給付にすべきことを合意することは許されないとはいえないであろう。しかしながら、右のような内容の合意が更生法一〇三条にいう双務契約関係として扱わるべきかは別問題である。会社更生法は、窮境にある株式会社についてすべての利害関係人の利害を調整しつつ事業の維持更生を図ることを目的とするものであり(同法一条)、会社財産の上に担保権を有する者といえども、更生手続に参加しその手続において権利の行使を許されるにすぎないのである(同法一二三条以下)(なお破産法九五条参照)。

双務契約においては、相互の債権は牽連性を有し対価関係にあり、かつ担保視しあう関係にあるが、双務契約のこのような性質に鑑み、更生法一〇三条は、更生手続開始決定時において双務契約の双方の債務が履行を完了していないものについて、企業再建目的達成と更生手続の円滑化のために右会社更生法の目的の範囲において特別に設けられたものであることは後記(本判決の引用する原判決の説示)のとおりである。従つて、更生法一〇三条にいう双務契約における契約の双方の当事者の負担する対価的意義を有する債務とは、民法が規定する本来的意義の双方の債務を指し、前記のように、所有権移転ないし所有権移転登記(登録)手続の履行と求償債権の履行とを対価関係に立たしめ、引換給付にすべきことが合意されたとしても、このような合意をもつて同条にいう双務契約ということはできない。

控訴人が主張するように控訴人が更生会社に対して有する本件求償債権をも更生法一〇三条の双務契約関係に立つ債権の中に含ませ、控訴人の右求償債権を更生会社に対する債権中最優位に立つ共益債権(同法二〇八条七号)として扱うことは、更生会社に対する債権者間の衡平を著しく失することになり、このような解釈は結果的にも不当といわざるをえない。

したがつて、本件売買契約については、更生手続開始前に売買代金は全額支払われて履行が完了し、控訴人がサンハイブ工業に対し連帯保証債務を履行したことに基づく割賦金四九万四四〇〇円とこれに対する約定損害金一万三四九〇円の求償債権を有することは前記のとおりであるが、この債権と本件自動車の所有権移転登録手続をすべき義務とが更生法一〇三条の双務契約に基づく未履行の両債務であるということはできない(なお、右求償金債権は代位弁済をした昭和五四年一二月一日に発生し、更生手続開始当時に発生していたといえないから、この点でも同条一項の要件を充たさない。)。

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